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目 次


- 植物生殖研究の重要性 |LinkIconread

- 植物を用いた減数分裂研究の重要性 |LinkIconread


- 野々村研の研究概要 |LinkIconread


- 生殖細胞の分化・発生と減数分裂細胞としての運命決定 |LinkIconread


- 減数分裂の進行に必須なArgonaute蛋白質の解析 |LinkIconread


- 減数分裂への移行タイミングを制御するRRM蛋白質の解析 |LinkIconread


- 生殖器官の分化・発生に関わる遺伝子群の解析 |LinkIconread

- KNOX転写因子に着目した茎頂発生の分子メカニズム |LinkIconread
 

植物生殖研究の重要性

植物の種子や果実は、まさに生殖の「結果」です。すなわち植物生殖の制御機構の解明は、基礎研究としての重要性はもちろんのこと、食料生産効率や育種効率の向上などの応用研究に直結する重要な研究テーマです。


 生物は、生殖を通じて遺伝情報を正確に次世代に伝達する一方で、減数分裂組み換えにより遺伝的多様性を創出します。ゲノムの安定性と多様性という相反する目的を達成するため、生殖過程は複雑かつ高度に統合されたメカニズムで制御されています。


 被子植物の生殖過程は、茎頂幹細胞の生殖成長相への移行(花成)に始まり、花序・花器官の形成、生殖細胞の分化、減数分裂、配偶子形成、そして受精という多岐にわたる現象で構成されます。これまで、花成から花器官の形成、そして配偶子形成から受精に至る過程は、多くの研究者によって研究されてきました。

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植物を用いた減数分裂研究の重要性

減数分裂は、減数分裂組み換えによりゲノムの多様性を創出して次世代に伝達するという、遺伝の根幹をなす極めて重要な役割を担います。また、正確な減数分裂組み換えを行うためには、各々の減数分裂染色体が、同一の構造をもつ相方(相同染色体)を正確に認識して整列する過程、すなわち対合が必要です。


 植物の生殖細胞分化および減数分裂研究は、他の生殖研究と比較して盛んであるとは言えません。サンプリング時期が限定される、関連遺伝子の変異体の多くは不稔となり遺伝解析が面倒、といった理由が挙げられます。また、植物特有の現象に富んだ生殖器官・配偶体の発生過程や受精過程と異なり、減数分裂について酵母や動物で得られた以上の知見が得られない、と思っている人が多いのも一因でしょう。それらの過程に動植物共通の機構が数多く必要なのは事実です。しかし、植物特有の機構も必要であることが私達および他グループの研究により次第に明らかになりつつあります。


 体細胞分裂から減数分裂への移行過程には、クロマチンのゲノムワイドな構造・修飾変化が必要である可能性が相次いで報告されています。減数分裂移行にともなう染色体の核内配置の劇的な変化も同様です。このように正常な減数分裂の進行には、多数の構造・調節遺伝子の働きに加え、クロマチン修飾や染色体動態などのエピジェネティック制御系の働きが必須です。当研究室では減数分裂研究を通して、その根底にあるエピジェネティック制御の生物学的意義の解明に貢献できると考えています。


 減数分裂の諸現象は、種の確立にも密接に関連します。両親の遺伝子の配列や構成が同じであれば、染色体構造や基本数が互いに異なる場合でも、その子供は天寿を全うできるかもしれません。しかし染色体構造や数の違いは、減数分裂における対合あるいは組み換え異常を引き起こし、子供はしばしば不妊となります。このように、減数分裂など生殖過程の異常により交雑後代で生じる不妊は「生殖的隔離」と呼ばれ、その両親は生物学的に別種であると定義されます。野生種のもつ有用遺伝子の育種利用が困難な理由のひとつは、栽培種との遺伝子交換が生殖的隔離障壁によって阻まれるからです。障壁の実態が減数分裂異常である事例は動植物で多数報告されています。

 減数分裂の仕組みを解明できれば、減数分裂組み換えの頻度や場所を自由に制御して育種効率を向上させたり、野生種のもつ有用な遺伝子を栽培種に効率よく導入することも可能だと私達は考えています。

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野々村研の研究概要

私たちは、単子葉モデル植物であるイネを研究材料として、主に生殖細胞初期発生、減数分裂、生殖過程に関連する諸現象の遺伝学的研究を行っています。突然変異体を用いて同定した遺伝子のなかから、植物に特有の現象に迫る可能性が高いものに焦点を絞り、単なる酵母研究の焼き直しとは一線を画した、独自性の高い植物生殖・減数分裂研究を目指しています。



(1)植物生殖細胞の初期発生から減数分裂に至る過程の分子細胞遺伝学
(2)植物の生殖に関連する発生遺伝学
(3)減数分裂遺伝子の改変などによる植物育種効率の向上

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生殖細胞の分化・発生と減数分裂細胞としての運命決定

最初に生殖細胞として運命づけられる植物細胞は、始原生殖細胞(Archesporial cell)と呼ばれます(Fig. 1)。始原生殖細胞の運命決定機構についてはほとんどわかっていません。



 イネOsMADS13遺伝子は、葯と雌しべの形成に機能するシロイヌナズナAGAMOUS (AG) と相同性を示し、花分裂組織の終結および胚珠の形成に必須の役割を果たします。osmads13突然変異体では、雌しべの外形を構成する心皮(Carpel)は形成されるものの、心皮に包まれる組織から、胚珠ではなく心皮が異所的に形成されます(Fig. 2, LinkIconYamaki et al. 2011)。私たちの研究結果から、心皮の形成後におこるイネの花分裂組織の終結は、胚珠および雌性始原生殖細胞の形成に必須であり、OsMADS13は花分裂組織の終結と胚珠の運命決定に機能することが示唆されました。



 上記のように、osmads13変異体では胚珠が心皮に転換します。そこで雌性始原生殖細胞が形成されていないことを証明するため、イネの生殖細胞で特異的に発現するMEL1遺伝子(後述)の発現を調べました。すると驚いたことに、osmads13の花原基では、一瞬だけMEL1遺伝子が発現することがわかりました(Fig.3, LinkIconYamaki et al. 2011)。



 MEL1は減数分裂の進行に必須の役割をもつ遺伝子です(LinkIconNonomura et al. 2007)。従って上記の結果は以下の可能性を強く示唆します;(1)減数分裂に向けた生殖細胞の運命決定は、その分化初期段階ですでに始まっている、(2)MEL1遺伝子の発現開始機構は、OsMADS13による胚珠の運命決定機構とは独立に機能する、(3)MEL1遺伝子の発現維持には正常な胚珠の発生が必須である。


 今後は、MEL1プロモーター解析などを通じて、植物の始原生殖細胞の分化機構の一端に迫りたいと考えています。

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減数分裂の進行に必須なArgonaute蛋白質の解析

種子不稔を示すイネ突然変異体のひとつを解析し、突然変異の原因遺伝子をMEIOSIS ARRESTED AT LEPTOTENE1 (MEL1)と名付けました(LinkIconNonomura et al. 2007。MEL1遺伝子は、動植物が共通して保存するArgonaute蛋白質(AGO)をコードします。一般的にAGOは、small RNAと複合体を形成し、標的遺伝子の転写・転写後制御やクロマチン修飾制御などを行う蛋白質として知られます。イネMEL1遺伝子の機能が欠損すると、減数分裂が初期(レプトテン期)で停止するため、正常な配偶子ができず、完全な種子不稔になります。


 MEL1の分子機能を明らかにする目的で、MEL1と結合するsmall RNA (masiRNA)を免疫沈降により回収し、塩基配列を解読しました(LinkIconKomiya et al. 2014, LinkIconKomiya and Nonomura 2014)。masiRNAは、75%が21塩基長であり、5'-末端の80%はシトシンでした(Fig. 8)。驚いたことにmasiRNAは、1,000カ所以上の遺伝子間ゲノム領域に由来しており、それらの領域からは700種類以上のlong noncoding RNA(lncRNA)が、masiRNAの前駆体として生殖成長期特異的に転写されていました。masiRNA前駆体コード領域の配列はゲノム中でユニークであり、トランスポゾンなど繰り返し配列とは異なる配列を持ちます。これまで数百万種類のmasiRNA配列が同定されており、配列情報からMEL1の標的遺伝子を絞り込むことは現状では困難です。様々な手法を組み合わせてmasiRNAと相補的な配列をもつMEL1の標的RNAを同定するのが今後の課題です。

 MEL1は、減数分裂期染色体の構造にも重要な役割を担うことがわかってきました。イネでは、生殖細胞が減数第一分裂に移行するとき、ヒストンH3K9がゲノムワイドにジメチル化(H3K9me2)され、第一分裂が終了する頃に脱メチル化されます(LinkIconLiu and Nonomura 2016)。「Large-scale Meiotic Reprogramming (LMR)」と名付けたこの現象は、変異体の解析からMEL1機能に依存して起こることがわかりました。またmasiRNAの一部が、生殖細胞そのものではなく、周辺の体細胞で生産されている可能性も見えてきました。葯のタペート組織の発生に必須の役割を果たすある転写因子が、masiRNA前駆体の転写およびmasiRNA生合成経路で働く遺伝子の転写も制御していたのです(Ono et al. 投稿準備中)。small RNAが細胞間を移動するシグナル因子として働く可能性が考えられます(Fig. 5)。



 MEL1蛋白質は、生殖細胞が減数分裂に移行した後に、細胞質から核に移行する可能性が示唆されています(LinkIconKomiya et al. 2014)。今後は生殖ステージ別の、MEL1と相互作用するsmall RNA・蛋白質群の同定、およびMEL1の細胞内局在性の詳細な解析を行うことで、減数分裂進行におけるMEL1の分子機能に迫りたいと考えています。

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減数分裂への移行タイミングを制御するRRM蛋白質の解析

被子植物では、特定の季節に受粉・受精を行い、種子生産を完了させる必要があるため、生殖細胞の分化・発生のタイミングは厳密に制御されています。同一の葯内で、複数の花粉母細胞が同調的に減数分裂へと移行し、大量の花粉が同時に生産されるのもその一例です(Fig. 6)。私たちのグループは2011年に、イネの生殖細胞が減数分裂に移行するタイミング制御に関わるMEL2遺伝子の同定に成功しました(LinkIconNonomura et al. 2011)。しかし、植物の減数分裂への移行タイミングを制御する機構はほとんどが不明のままです。



 最近私たちのグループは、MEL2 蛋白質がもつRNA認識モチーフ(RRM)と優先的に結合する特徴的なRNAコンセンサス配列を試験管内で同定することに成功しました(LinkIconMiyazaki et al. 2015。同配列をイネゲノム配列と照合したところ、249個のイネ遺伝子が、3'-非翻訳領域(3'-UTR)内にコンセンサス配列と類似の配列を保存していました。また、葯での蓄積量がmel2突然変異体で変動するイネ蛋白質には、減数分裂での機能が示唆されるいくつかの蛋白質が含まれており、それらに対応するmRNA 3'-UTRの中に、MEL2結合コンセンサスと類似の配列を見出しました(Fig. 7)。これらの結果は、MEL2がmRNAの3'-非翻訳末端に結合し、減数分裂で重要な働きをする蛋白質の翻訳制御を介して減数分裂移行のタイミングを制御している可能性を示唆しています。



 今後は、MEL2が生体内で実際に標的とするRNA配列を捕捉し、減数分裂への移行タイミングを制御する分子機構の一端を解明することを目指します。

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生殖器官の分化・発生に関わる遺伝子群の解析

葯は減数分裂を経て、半数性の雄性配偶体を形成します。葯は4つの葯室をもち、それぞれの部屋は中央軸に生殖細胞が位置し、それを4層の体細胞層が取り囲んでいます(Fig. 8)。タペート層は、体細胞層の最も内側の層であり、生殖細胞と直接接しており、減数分裂後の発生初期の花粉に栄養を供給することが知られています。しかし減数分裂期における役割はほとんどわかっていません。



 私たちのグループは、MULTIPLE SPOROCYTES1 (MSP1)と名付けた遺伝子が機能欠損すると、タペートを含む葯壁3内層が正常に形成されないことを見出しました(LinkIconNonomura et al. 2003。MSP1は膜貫通ドメインをもつレセプター型蛋白質キナーゼをコードしており、減数分裂前の葯壁3内層で強く発現していました。その後、他のグループによってMSP1のリガンドであるOsTDL1aが単離され(LinkIconZhao et al. 2008)、またタペート形成に関わる幾つかの転写因子が同定されました。MSP1の発見は、イネ生殖器官の分化における先駆的な研究として知られています。


 最近私たちの研究室では、タペートの発生に重要な役割をもつ転写因子が、生殖成長期特異的なsmall RNAの生合成経路に関わる一連の遺伝子の転写を活性化していることを見出しました(Ono et al. 投稿準備中)。MSP1の研究からも雄性生殖細胞とそれを取り囲む体細胞層との間の情報交換が示唆されていましたが、今回の結果は、small RNAがシグナル因子のひとつとして働く可能性を示しており、今後さらに研究を進めていく予定です。

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KNOX転写因子に着目した茎頂発生の分子メカニズム

私たちが日頃目にする植物は、樹齢数千年の樹木に挙げられるように半永続的な成長をおこなう能力を秘めています。これは、胚発生の段階で器官形成をほぼ終える動物とは異なり、一生を通じて器官形成を続けるという植物特有のボディプランを持つためです。植物は、葉や根をつくり成長のためのリソース獲得能力を伸ばす一方で、低温・乾燥などの成長に不利な条件下では一時的に器官形成を停止させたり、季節の移行に応じて葉から花へと形成する器官を変化させたりします。このため、持続的な器官形成に基づくボディプランは、動くことのできない植物が周囲の環境に対応しながら生き抜くために不可欠な戦略と言えます。


 維管束植物の地上部の全ての器官(葉・茎・花・枝など)は、茎頂分裂組織(Shoot Apical Meristem, SAM)から生み出されます。SAMは先端に幹細胞をもつドーム状の組織で、側面から葉や花などの側方器官を、下方向には茎を生み出します。SAMの働きを理解することは、植物の基本的な器官発生がおこる場として重要なだけでなく、花や種子の数・茎の長さの制御に直結するため、農業的な側面からも深い意義があります。


 Knotted1-like homeobox (KNOX)は、SAMを維持し続けるために必須な転写因子で、細胞の未分化状態や分裂活性を保つ役割を担っています (Fig. 9)。私たちは、イネのKNOX遺伝子に着目してSAMの維持と器官発生の分子メカニズムを研究しています。


Fig. 9. in situ localization of KNOTTED1 transcript



(1)Positive autoregulation of OSH1
私たちは、機能欠損変異体の単離・遺伝学的解析を通じて、イネのKNOXの一つOSH1が胚発生以後のSAMの維持に不可欠であり、かつホモログであるOSH15と協調して胚発生中のSAM形成に必要であることを明らかにしました (Fig. 10A,B)。また同時に、OSH1が自身を含めた5つのKNOX遺伝子の発現を直接活性化する、正の自己制御機構を見出しました。OSH1遺伝子のプロモーターやイントロンにあるOSH1結合配列に変異を導入すると、発現が消失し、SAMを維持する能力も失われることから、このKNOX自己制御機構をSAMの維持に不可欠な分子メカニズムとして提唱しています(Fig. 10C-E) (LinkIconTsuda et al. 2011)。


Fig. 10. Positive autoregulation of OSH1 is important for its expression
(A, B) osh1 mutants can not maintain the SAM.
(C, D) Mutations in OSH1 binding sites abolishes GFP-OSH1 expression.
(E) OSH1 autoregulatory loops for SAM maintenance.



(2)BR不活性化酵素を介したBR経路の抑制
KNOXは一般的にSAMと幼い茎に特異的に発現しており、SAMから分化した葉原基では発現が抑制されます (Fig. 9)。葉で異所的な発現がおこると、細胞の分化阻害に伴う顕著な形態異常を示すことが知られていました。私たちはこの形態異常を引き起こす原因を追求することで、SAMに不可欠な遺伝子プログラムを明らかにできると考え、OSH1誘導式過剰発現系を用いた解析をおこないました。


 誘導の強度やタイミングを様々な条件で変えて表現型を観察した結果、OSH1が植物ホルモンの一種ブラシのステロイド (BR) の経路を阻害することがわかりました (Fig. 11A)。また、OSH1に対する抗体を用いたChIP-seqや誘導系におけるRNAseq解析をおこない直接の標的遺伝子をゲノムワイドに同定した結果、OSH1がBRの不活性化酵素遺伝子の転写を活性化していることがわかりました (Fig. 11B,C)。これらBR不活性化酵素遺伝子はSAMの器官形成能力を維持するために重要であることもわかり、BRの抑制がSAMにおける主要な遺伝子プログラムの一つであることを報告しました (Fig. 11D and E) (LinkIconTsuda et al. 2014)。


Fig. 11. OSH1 directly activate BR catabolism genes
(A) Induced overexpression of OSH1 caused BR insensitivity in leaf angle test.
(B) Number of OSH1-bound and -modulated genes.
(C) An example of BR catabolism gene, CYP734A4, directly activated by OSH1.
(D) CYP734S RNAi lines showed the arrested shoot growth, similar to oohs mutants.
(E) A model of the repression of BR-mediated cell differentiation by OSH1.



 このゲノムワイドな解析で予想外だったのは、OSH1が4000以上もの遺伝子の近傍に結合しており、未知の重要な下流遺伝子経路がまだ多く存在することが明らかになった点です (Fig. 11B)。この中にはBR、ジベレリン、サイトカイニン、オーキシン、エチレンなどの植物ホルモン経路に加え、数多くの発生に関わる転写因子やシグナル伝達分子が含まれます。現在、トランスクリプトーム解析やコファクターの解析を通じて、KNOXとこれら下流遺伝子群との機能的つながりを明らかにする研究を進めています。


 また、KNOXはSAMだけでなく、発達中の若い茎でも発現しています。実際にOSH15の機能欠損変異体は茎の伸長不全により矮性となることも、茎の発生におけるKNOXの重要性を示唆しています。茎は植物の体を支えるだけでなく、農作物の倒伏性や収穫効率に大きく関わる重要な組織ですが、その発生メカニズムはこれまであまり研究されていません。私たちは、KNOXの機能という切り口から、遺伝学、ゲノミクス、イメージングなどを用いて茎の発生に関わる新たな分子メカニズムを見出すことを目指しています。

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